「洗脳」は身近にあるよという話①

何かに属している限り、


意図があるかないかに限らず

 

そこでの「ルール」や「しきたり」が染み付いて、

 


それを疑わなくなって

当たり前のように感じている状態は、

 


強めな言葉で表現すると

「洗脳」だと思う。

 

 

 

29歳の絶望の淵で


脳科学を教えてもらっていた先生に

 


脳科学セミナーに行ったら、私ともう1人の人以外洗脳されてたんです。多いですよ」

 


とエピソードを聞いた時、

 

 

 

私もそれじゃあ

洗脳されていたんだろうな

 


ということが多々思い浮かんだ。

 

 

 

1つ目は

大学の部活動である。

 


私が入った大学の部活は、

 


文化部だったが、

めっちゃ上下関係が厳しかった。

 

 

 

 


いろんなルールやしきたりがあった。

 


•先輩に出会ったら挨拶をすること。

 


•先輩にはメールに絵文字、顔文字は使ってはいけない。

 


•練習を休む時には「理由」が必要。

 


•7月から10月までは演奏会の練習で土日は全部空けること。

 


•3回生が仕切っていくのだが、毎度4回生から反省会をさせられる。(重箱の隅をつつくかんじ)合宿は深夜に反省会させられ、その後に話し合いをしていくので寝不足になる。

 


•4回生になると神になる。(私たちはなってなかったけど)

 


•演奏会後の飲み会も接待みたいなかんじで、4回生に挨拶に行かないと怒られる。(私は当時コミュ症。行きたくなかったから行かなかったけど)

 

 

 

 

 

 

それが「伝統」だ大事だとなっていたし、

 


「社会人」になったら当たり前のことだと言われていたんだけれど…

 


社会人より厳しかった。

 

 

 

 


部活は、

ネットの口コミでみる「ブラック企業」に近いなと感じた。

 

 

 

もちろん給料がでないし、

部費や諸経費もあったからマイナスだから

 


余計に

理不尽なものだった。

 

 

 

心は病む。

 


たぶん「続ける」ほうがおかしかったなぁーなんて今となっては思うんだけれど、

 


同級生がよい人ばかりだったから、

それでやれていたんだと思う。

 

 

 

 


あれは「洗脳」といっても過言ではなかったな。

 


「厳しい環境は社会に出た時に役に立つ」

 


という理由をつけて

 


パワハラなことが正当化されていた。

愛は感じられなかった…

 

 

 

側からみたら、

 

 

 

「大変なところにいるのに、なんで抜け出さないんだろう」って思うんだけれど、

 


何かしら自分の中でメリットがあるから抜け出さないものだ。

 

 

 

当時の私は、

せっかくできた同回生の友人たちとの

縁が切れるのが

 


部活がしんどい以上に嫌だったんだと思う。

 


同回生がまともじゃなかったら

辞めていただろうな。

(みんな優しい人たちだった)

 

 

 

あとは、

どこかに所属している安心感があっただろうし、

 


役割があることで

 


自分の居場所的な要素があったんだろうと思う。

 

 

 

そんでもって、

「ここまでお金かけてきたしなぁー」というサンクコストもみていたんだろうと思う。

 


残りの時間よりも過ごしてきた時間が

なんにもならないことが嫌だったんだろうなってかんじだ。

 

 

 

 


【引用】サンクコスト効果

既に投資した事業から撤退しても回収できないコストのことで、埋没費用ともいう。 それまでに費やした労力やお金、時間などを惜しんで、それが今後の意思決定に影響を与えること。

https://www.nomura.co.jp/terms/japan/sa/A02367.html

 

 

 

私にとっては、

それでもよい思い出でもあり、

 


学ぶことが多かった経験ではあるけれど、

 


楽しい大学生活送ってもよかったのに

ほんと好んで修行していたなと思う。

 


もちろん、

もう戻りたくない(笑)